日本の物づくり、巧みの技、いろいろいい方があります。伝統工芸に見られる数百年にも及ぶ技の継承は、その使用者と共に磨き上げられてきたものです。何も日本に限らず欧州の宝飾品であったり、アメリカやオーストラリアなどの先住民の民芸品も同様です。
写真機のような近代工業製品は、我が国では外国製品の模倣から始まり、次第に世界に互し、凌駕しそして今は追われる立場になっています。
そうしたとき、そのデザインから製品を見るのも意味があるでしょう。以前このブログでも触れたことがありますが、昨今の日本の車のデザインはアグレッシブ、いかたを変えれば狂暴に見える物がほとんどです。どうやら日本人の欧州車、特にドイツ車信奉のなせるわざと思えるのです。昔の車は個性があって、すばる360のように愛らしい物がほとんどといえます。アメ車といわれる米国車は馬鹿でかかったりこけ脅かしのようなデザインもありますが、国土の広さから来るのかどこかおおらかさがあり私は好きです。
写真機に戻りますが、戦後、メーカーは雨後の竹の子のように乱立、レオタックス(戦前からの昭和光学精機が前身)という会社もその一つで多くのメーカーがライカのコピーから始まっています。ライカに追いつき追い越せ、各社頑張りましたが、淘汰されたり一眼レフに移行したりしました。
目標があるときは強いのですが、今の日本はどうもピークを過ぎてしまい、自身で次の極みを目指す気概が薄いのが気になるところです。
そのレオタックスがライカM3に対抗するべく開発したのがレオタックスGだったのです。しかし今思えばレンズマウントもスクリューのままですし太刀打ちできる物とは言い難いのです。しかも発売前に倒産、下請け業者によって残余の部品で組み立てられ、僅かな数量(500台ほどといわれている)が市場にでたという数奇な運命をたどりました。
たまたま中古カメラフェアで見かけ写真を撮りました。端正かつ繊細、美しいデザインと思っています。どこか人の温もりがある日本の心が見える気がして好きなのです。その希少性から今や手が届き難くなっているのは残念です。もう一つは最新のハイエンドデジカメ、FUJI FinPix X100です。デザインがレトロ。いいですね。レトロとかでなく、無機質な道具に所有したい、手元に置きたい、そう思わせる人の温もりが感じられる優れたデザインといえます。
機能を極めた工業製品はカメラに限らず無駄がなく、それでいて人との意志の疎通ができるような温もりがあるものです。



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