6月16日から17日にかけて行われた有名な24時間自動車耐久レース。1923年から始まり今年80回(途中何回か中止がある)を迎えた長い歴史の中で、日本車が優勝したのは1991年マツダのみで、しかもそれはロータリーエンジン最初で最後になっています。その後1999年にトヨタTS020が総合2位になっています。この時は実況TV中継があり、夜中に手に汗を握りながら見たものです。途中でベンツが宙を舞ってしまいましたが、幸いドライバー外負傷者がでなかったのは奇跡でした。ま、車は地上を走ってなんぼ。なのでベンツは何だと思ったものです。トヨタのレース終盤の追い込みはすさまじく、優勝かと思わせるものでした。残念ながら他車の走路妨害と思えるような行動に阻まれ惜しくも2位でしたが、今でも強く印象に残っています。
その後トヨタはF-1に参戦活躍しますがここでも優勝を果たすことは出来ず、技術だけではヨーロッパの伝統、文化を越えることが難しいものと思いました。
今回はトヨタ、アウディ共にハイブリッドのレーシングマシンでの戦い、というので関心も高まったのです。ニッチな技術と揶揄する論調もあった中で世界で初めてハイブリッドカーを実用化し、今や世界に冠たるトヨタ。ル・マンでも勝たせたいと思ったのは私だけではないでしょう。将来的には電気自動車でしょうが、航続距離の短さの故アメリカでもその販売にブレーキがかっかているのはやむを得ないことで、当面ハイブリッドの優位性は揺るがず、その技術を発展させてきたトヨタは賞賛されるべきです。アウディもそのレースマシンを引っさげて戦うのですからむべなるかなです。
レース序盤からアウディ、トヨタ共アクシデントに見舞われながらも、一時トヨタは首位を奪い、もう一台も好位置に付けていましたがストレートで周回遅れのフェラーリのミスでぶつけられリタイヤ。首位を走った一台もなんと日産デルタウイングに接触ピットイン、その後エンジントラブルもあってリタイヤ。夢は潰えました。アウディは一時1ー4位独占かの状況になりましたがトヨタエンジンのローラが4位に食い込んだのです。トヨタにとって不運も重なりましたが、そのポテンシャルは示され次回への力強い一歩になりました。とまれ、ハイブリッドレーシングマシンの優勝は特記されるべきです。
それにつけても蓮舫が2位ではいけないのか、といったことは忘れてはならないことで、一位を目指す真摯な努力がなければ世界のリーダーになれるはずがないのです。
*写真 トヨタ TS030 Wikipediaより

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