懸念していたことが現実になってしまった。
ここでEUのそもそもから考えてみたい。第一次世界大戦前後から第二次大戦、ヨーロッパ各国は戦乱に明け暮れていたといえる。隣同士の方がドイツ、フランスのようにいがみ合っていた。スペイン、オランダの衰退、7つの海を支配したイギリスもその輝きを減じていた。そうしたときに、オーストリア貴族のリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー(青山栄次郎、母は青山ミツ)は、第一大戦後戦勝国も疲弊する現実から、ヨーロッパを一つと考え反目しあう愚かさをなくそうと提唱したのが汎ヨーロッパ主義であり、EUの父と呼ばれる。しかし第二次世界大戦の惨禍を防ぐことはできなかったが、その反省と共に後年67年のEC(欧州共同体)に繋がった。
当時欧州の病人とまで言われた経済的に疲弊していたイギリスは73年に加盟したが、欧州統合の懐疑論も強かっ��燭燭��卦年の国民投票を経てECに残った。その後ベルリンの壁崩壊を契機に、統一通貨、共通安保を実施のマーストリヒト条約が92年成立し、翌年EU(欧州連合)に至った。イギリスはユーロでなくポンドを使用し域内単一通貨には至っていなかった。リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーは欧州統合後世界連邦にまでを構想はしていた。
二年前ギリシャの財政を原因とする問題が起こり、規律を重視するドイツはギリシャの一時切り離しまで想定した。ギリシャでも財政再建のための政策に反対論が起こり、離脱も視野に入ったがユーロから旧通貨ドラクマへ戻す困難と、フランス外の脱落がでることへの懸念からドイツも折れ、域内での財政再建を図っている。
今回の離脱劇の意味することを、翌日の株暴落、急激なな円高だけではなく政治的不安定が欧州のみならず世界へあたえる波紋にも我々は注意しなければならない。またこうした極端な結果を招来する可能性のある国民投票という直接民主主義への関心も深めなければならない。一方、今回の結果に至る過程に移民問題、貧富の格差拡大などアメリカに見られるト��薀鵐弩従櫃砲眥未犬覺蹐Δ気�充造砲覆辰診Ъ韻睇�廚任△襦��鹿嗤僧昭�歪拆鹿挽楊>

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