2011年5月17日火曜日

第2回救援物資輸送

5月14日0:10横浜を発ち首都高速、東北道を経由し仙台へ。2度目のためと天候も道路状況も問題なく途中休憩、ドライバー交代、給油を行い余裕をもって約400Km走破。6:30YMCA着。

7:40前回同様YMCA職員の先導で東松島市へ。9時過ぎに壊滅した仙石線野蒜駅周辺に着。何人もの遺体が発見された近くの川で献花、哀悼の意を表し冥福を祈った。

野蒜地域の惨状は主要道路こそ自衛隊の活動により通行が確保されているが、一面瓦礫と化した街並みは一ヶ月ほど前とほとんど変わらず、復興への道筋の厳しさが伝わってくる。しかしそれでも、一部残った建物二階にライフラインが止まっているにも拘わらず住む人もいるとのこと。心中を思うと言葉もない。

今回も行政などの支援が届きにくい小規模の避難所二カ所に絞って、野菜(根菜類)、米、そば、うどん、レトルト食品、バナナなど果物、さらに意外と気づかない砂糖、食用油などの調味料、加えてうどん、そばの汁も用意した。

二ヶ月を経過しても未だに全体で11万人が避難所生活を余儀なくされている状況には驚くばかりだが、途中仮設住宅の建設のための整地工事などもやっと始まっていた。避難場所に着き物資をお渡しすると、前回よりは穏やかな顔も見え少しほっとする。食用油など調味料も喜ばれた。

昼には仙台に戻り昼食後帰路についた。市内中心部は杜の都にふさわしく新緑につつまれ一見穏やかに見えるが、ビルの中にはブルーシートに覆われたり、使用停止の表示が出されているものもある。東松島市への途中ではまだまだ倒壊したままのコンビニや建物もあり、かなりの民家では瓦の損傷が今だに目立つ。

13:30仙台発、順調に走行でき19:05羽田のレンタカー会社に車両を返却。19:40には横浜帰着。

今回もYMCA関連の奉仕団体による支援活動だったが、会員の寄付、労働奉仕それぞれが貴重な連帯・絆の現れで心から敬意を表すものです。縁があって会員でない私も参加の機会が得られたことに感謝している。

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