2013年8月31日土曜日

US-2救難飛行艇

先日ニュースキャスターのヨット遭難の折り、荒海の太平洋上に着水し救出のニュースを見た人も多いと思います。波高3メートルを越えるような状況であったといわれますが、世界一の能力を持つUS-2だからこそできた救出劇だったのです。

かなり前から世界の注目を集めていて、輸出の話もあったにも関わらず社民党が武器の輸出になるといって、国会で反対、実現できなかったことがあります。

報道で案外触れられていないのがその歴史です。ゼロ戦の堀越二郎はこの夏改めてスポットライトが当てられいますが、それだけでない優秀な飛行機があり、その一つがUS-2のルーツ川西航空機二式大艇(二式大型飛行艇)です。昭和17年から運用された同飛行艇は航続距離7,000Km、巡航速力450Km/h、耐波高性、全てに当時から世界最高性能を誇るものでした。

当時横浜市磯子区の根岸には大日本航空(日本航空の前身)の飛行場があり、二式大艇の前の九七式大艇によるサイパン、パラオへの国際航空路線が開設されていたのです。二式大艇の勇姿は根岸湾にもありました。私事ですが父はインドネシア、セレベス島(現スラウェシ島)マカッサルに海軍の軍属としていましたが、昭和20年5月ジャカルタから二式大艇で辛くも帰国、よくその話をしていました。父にとって二式大艇は命の恩人(大艇)だったのです。

そうした歴史のある飛行艇が戦後その技術を基に川西航空機の後継、新明和工業によってPS-1として蘇ったのが昭和45年でした。海上自衛隊に配備され今日US-2に至りますが、その間に離島での急患、海難事故救助の出動回数960回、救助人員950名を超えるというめざましい活躍をしていることに私達は誇りを持ちたいものです。これはその耐波高性能に加えヘリコプターに比し圧倒的な航続距離の長さと速度の速さによるものです。

日本のものづくりがいわれますが製造技術だけでなく、創造能力の高さが必要でUS-2はその一つなのです。しかし自衛隊への配備のみにとどまる現状では経営的にも厳しいものがあり、販路の拡大が必須。各国からの引き合いがあり、インドへは救難飛行艇として輸出が現実となりつつあるというのは喜ばしいことです。

平成21年5月5日〜8日、フィリピンでのASEAN地域フォーラム(ARF)の折り、多国間の災害救援実働演習が行われ、US-2はマニラ湾で各国首脳の前で救難演習を行い注目を浴びたのです。

マスコミももっとこうした事例を取り上げ、私たちの関心を高めてもらいたいと思います。

*US-2 海上自衛隊HP、船の科学館に展示されていた二式大艇(現在は鹿屋航空基地で展示)

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